ご挨拶

 2015年夏、戦争法(安全保障法)に反対する市民の運動が、政治を動かしました。国会の「数の力」で法律は強行されましたが、平和な日本を求める市民の運動は止むことなく続いています。市民一人一人が主権者として自覚し、立ち上がり、声をあげる民主主義が、若者に根付いていることを強く感じます。
 70年前、戦後間もない時期の労働組合運動も、二度と戦争する国に後戻りさせない、との思いを持った労働者が、日本の民主化を求めて立ち上がり前進していました。
その歴史を引き継ぐ平和と労働センター・全労連会館の諸団体も、2015年夏のたたかいに参加し、一翼を担いました。その中で、市民運動との新たな共同も前進しています。
 平和と民主主義が花開く日本への展望は、憲法を護り育てる運動の中から生まれてくるとの確信のもと、引き続き奮闘し続ける決意です。

公益財団法人全労連会館
理事長 小田川義和

目的と事業

■目的
 公益財団法人 全労連会館は、「労働者の地位の向上に寄与することを目的」として1968年3月に設立された「財団法人 平和と労働会館」を前身とし、2001年6月に新会館の建設を機に「財団法人 全労連会館」となり、2012年4月1日「公益財団法人 全労連会館」に移行認定されました。
 この法人は、勤労者の経済的・社会的地位の向上と福祉の増進、権利擁護、及び平和を守り、教育・文化の振興に関する活動を推進、支援し、関係する団体の活動の発展に寄与することを目的としています。

■事業
 この目的を達するため、法人は多くの公益事業を行っています。

  • 勤労者の労働条件改善と福祉の向上を目的とする活動の支援事業
  • 勤労者の社会的地位向上に寄与する教育、調査研究に関する活動の推進及び支援事業
  • 勤労者の思想・信条の自由、権利を守る活動の支援事業
  • 平和を守り、文化・芸術の振興を目的とする活動の支援事業
  • これらの事業を推進する関係団体に施設の提供・貸与するための「平和と労働センター・全労連会館」の管理及び運営に関する事業

会館のルーツとその沿革

■沿革
 「平和と労働会館」は、戦後直後のわが国の労働組合運動に大きな役割を果たした階級的ナショナルセンター「産別会議(全日本産業別労働組合会議)」の遺産を継承して、1966年に全国的な募金運動によって建設され、原水爆禁止運動、労働者教育運動、犠牲者救援運動、民主的美術運動の全国センターとしての活動を展開してきました。
 さらに、1989年からは、新たに結成された労働組合運動の階級的ナショナルセンター「全労連(全国労働組合総連合)」が加わり、「平和と労働運動の前進のために役立てる」という「産別会議」解散時の決議を名実ともに継承した平和と民主主義、労働運動の中央センターとして大きな役割を果たしてまいりました。
 しかし、平和と労働会館は、建築後30年余を経過し、耐震上の欠陥や老朽化による安全確保上の問題が出てきたため、全労連を含む平和と労働会館理事会は、2000年4月、21世紀へ向けて労働組合運動、平和・民主主義運動の新たな発展を展望し、首都の中心地・御茶ノ水に新拠点「平和と労働センター・全労連会館」建設に着手しました。
 平和と労働センター・全労連会館は、全国的な募金と全労連大会決定にもとづく全組合員からの拠出金とによって建設されたものです。

沿革

 「平和と労働会館」は、戦後直後のわが国の労働組合運動に大きな役割を果たした階級的ナショナルセンター「産別会議(全日本産業別労働組合会議)」の遺産を継承して、1966年に全国的な募金運動によって建設され、原水爆禁止運動、労働者教育運動、犠牲者救援運動、民主的美術運動の全国センターとしての活動を展開してきました。
 さらに、1989年からは、新たに結成された労働組合運動の階級的ナショナルセンター「全労連(全国労働組合総連合)」が加わり、「平和と労働運動の前進のために役立てる」という「産別会議」解散時の決議を名実ともに継承した平和と民主主義、労働運動の中央センターとして大きな役割を果たしてまいりました。
 しかし、平和と労働会館は、建築後30年余を経過し、耐震上の欠陥や老朽化による安全確保上の問題が出てきたため、全労連を含む平和と労働会館理事会は、2000年4月、21世紀へ向けて労働組合運動、平和・民主主義運動の新たな発展を展望し、首都の中心地・御茶ノ水に新拠点「平和と労働センター・全労連会館」建設に着手しました。
 平和と労働センター・全労連会館は、全国的な募金と全労連大会決定にもとづく全組合員からの拠出金とによって建設されたものです。

第1期 産別会議と産別会館

1945年(昭和20)

治安維持法廃止 日本共産党合法化
労働組合法公布 労働組合結成つづく

1946年(昭和21)

第17回メーデー 食糧メーデー
産別会議結成(総同盟も)組織人員156万人
日本国憲法公布

1947年(昭和22)

2.1スト占領軍弾圧
産別会館建設決議(土地・改造社下中弥三郎氏提供、建材・旧海軍砲術学校の解体材)組合員1人5円総額600万円募金
全労連結成(産別会議、総同盟などの協議体)
労働基準法公布、教育基本法公布 農地改革 財閥解体

1948年(昭和23)

産別会館落成(7月)
産別民主化同盟、総同盟が全労連脱退
マッカーサー政令201号

産別会館
1949年(昭和24)

ドッジプラン大量解雇
下山事件、三鷹事件、松川事件

1950年 (昭和25)

GHQ、共産党幹部公職追放 レッドパージ
占領軍全労連解散命令 総評結成
警察予備隊 朝鮮戦争

1951年 (昭和26)

日本安保条約批准

1952年 (昭和27)

メーデー事件 労働者教育協会創立

1955年 (昭和30)

日本原水協結成 第1回原水禁大会
第1回母親大会 砂川基地反対闘争

1958年 (昭和33)

産別会議解散決議

第2期 平和と労働会館

1963年 (昭和38)

産別残務整理委員会→労働者教育協会、日本国民救援会、日本原水協、日本美術会に「平和と労働運動に役立つ会館」建設呼びかけ

1965年 (昭和40)

建設開始

1966年 (昭和41)

平和と労働会館(2月14日完成。総工費8000万円)
各団体の運動と発展をつくりだす契機、安保破棄、平和の擁護、統一労組懇運動などの前進に寄与

平和と労働会館

第3期 平和と労働センター・全労連会館

1989年11月21日

全労連結成(同日、連合も結成)平和と労働会館6階で活動開始

1995年

全労連、財団法人・平和と労働会館理事会に参画

1998年4月

新立地での会館建設検討開始

2000年

全国的募金活動により現在地での建設着工

2001年5月

竣工(財団法人・全労連会館に改称)

2001年6月1日

開館・活動開始

2006年6月1日

開館満5周年記念のつどい
産別記念・労働図書資料室
(全労連会館付属施設)開設

2010年 7月

中規模修繕工事

2011年 3月

東日本大震災発生、会館が被災地への後方支援基地となる

2011年6月

開館満10周年記念のつどい

2012年4月

内閣府から公益財団法人に認定される

2014年5〜7月

大規模外壁修繕工事

2014年12月

1F喫煙所の移転とロビーの改装工事

2016年10〜12月

全館空調設備更新工事